始まりは妻に浮気されたトラウマから...後編
露わになる加奈子さんの身勝手さ

再婚して一年後、聡さんは病に倒れた。
病は無慈悲だった。少しづつ進行し、聡さんは寝たきりになった。介護を受ける生活。
聡さんが寝たきりになると、加奈子さんは聡さんのことを無視するようになった。
聡さんの部屋には自分が用事があるとき以外は足を踏み入れず、全てを業者に任せ最低限の会話もしなかった。
加奈子さんと再婚してからは、聡さんの子供たちとの交流は無くなっていた。彼女は聡さんの子供たちを遠ざけ、関係を絶たせていた。
聡さんの孤独な生活が続く中、加奈子さんの身勝手さは日に日に増していった。
まず、加奈子さんの息子が聡さんの家に勝手に住みはじめた。
そして聡さんの家の名義を加奈子さんの息子の名義に変えろと詰め寄ってきた。
聡さんに対しては「寝てるだけなんだから要らないでしょ!」とあらゆる制限を課してきた。
聡さんの部屋は暖房も冷房も使うことを禁じられ、携帯電話も取り上げられていた。
その一方で、倒れてからも変わらずに入ってくる聡さんの収入と預貯金で、加奈子さんは息子と二人で贅沢な暮らしをしていた。
更に、クレームを入れることで優越感を感じる加奈子さんは病院とのトラブルも絶えず、そのせいで聡さんは必要な治療を受けられないことも多々あった。
「もうどこかへ行ってくれ……」聡さんは心の中でつぶやいた。
無くなった退職金

聡さんの人生は、長い労働の積み重ねだった。病を抱えながらも、彼は定年まで在職した。
彼の支えは、最後にもらえるはずの退職金だった。長年の労働の対価として、それを使って家の修繕をしようと夢見ていた。
倒れてから数年後、聡さんは定年退職の日を迎えた。
しかし、その夢はあっけなく打ち砕かれた。
「無いよ。」
加奈子さんの言葉が耳に入った瞬間、聡さんは理解できなかった。
無いとは、どういうことなのか。彼は、長年の勤労の対価として確かに退職金を受け取るはずだったのだ。
「使った。」
加奈子さんは平然と言った。
聡さんの頭の中が真っ白になった。何の相談もなかった。何に使ったのかと問えば、加奈子さんはあっさりと答えた。
「コンサート。それから、服。」
目の前がぐらついた。信じられない思いだった。その事実を受け入れるには、あまりに衝撃が大きすぎた。
聡さんはこの時はじめて「別れ」を考え始めた。
しかし、寝たきりの自分では加奈子さんと争うことが出来ない。頼める人もいない。全てを諦めるしかなかった。
隠しきれないトラブル
日頃から加奈子さんは、聡さんの介護に携わる事業所と何度もトラブルになっていた。
職員を自分の使用人のように使いたがり、従わないと激高するモンスターファミリーだった。
そして、ついに加奈子さんの飼い犬が訪問介護職員を襲い、重傷を負わせてしまった。
この事態により、事業所側は即座に対応を求められた。しかし、当の加奈子さんは自らの行動の問題点を理解するどころか、まったく異なる方向へと事態を進めてしまう。
「こっちは客よ!!」
「訴えるからね!」
「謝罪文を出せ!」
「警察に行くから!」
「誰のおかげで給料もらってるんだ!」
「使ってやってるのに!」
この騒動は収拾がつかず最終的に聡さんの子供に連絡が入ることとなった。
聡さんが倒れてから6年がたっていた。
聡さんの決断と加奈子さんの抵抗

部屋の扉が開かれた瞬間、聡さんの胸には、申し訳なさと安堵が同時に押し寄せた。
長い間、何も伝えられなかった後悔。
それでも、ようやく子供と向き合えるという安心感。
震える声で言った「迷惑をかけてすまない」
そしてこう付け加えた「離婚したいんだ」と。静かに、しかし確固たる意志を持って子供に伝えた。
一方、加奈子さんはまるで献身的に介護をしてきたかのように振る舞い、自分の立場を正当化しようとした。しかし、すでに状況を把握していた聡さんの子供は、冷静に言い放つ。
「父が離婚したいと言っています。出て行ってください。」
この言葉を聞いた瞬間、加奈子さんは激昂した。
髪を振り乱し、口に泡を溜め、取り乱しながら「ふ、ふ、ふ、ふざけんじゃないわよー!!」と叫び、断固拒否した。
その後の加奈子さんの行動は迅速だった。
「主治医の指示」と嘘をつき、聡さんを施設に入所させた。玄関の鍵を交換、監視カメラを設置し、聡さんの子供が家に入れないようにするなど、徹底抗戦の構えを見せた。
しかし、その姿は明らかに焦っているようだった。
加奈子さんは、「絶対に出ていかない」という強硬な姿勢を崩さなかった。
しかし、聡さんの子供もまた動き出した。
こうして、長い長い闘いが始まった。
偽りの優越感に浸る女 略奪の果てに

加奈子さんは、自分のしたことをまるで忘れたかのように振る舞う女だった。
「私は2回も結婚できた女よ?」
そんな言葉を誇らしげに口にするが、それが略奪婚であったことには一切触れない。
かつて彼女は聡さんを奪い取る形で結婚した。
強引な略奪の末に手に入れた結婚を「私は選ばれた女」と歪んだ優越感に変え、元妻をあざ笑った。
その言葉には、無知で醜い傲慢さが滲み出ていた。
家の中は散らかり放題で、加奈子さんが何かを整理整頓した形跡すらなかった。
聡さんの介護はおろか、邪魔ばかりしてくる。
それでも彼女は
「私は自宅で寝たきりの主人の面倒を見てる。こんなに頑張っている。」
と言い張り、必死に周囲の関心を引いて同情や称賛を得ようとした。
自分を正当化するためならどんな理屈でも捻り出す。
だが、彼女には友人が一人もいなかった。
表向きは気丈に見えても、その本質は臆病で陰湿、虚飾の優越感にしがみつくしかない孤独な存在だった。
彼女は与えられることを知らなかった。ただ、奪うことしか知らなかったのだ。
そして、その先に待っていたのは――。
因果応報──ついに迎えた結末

長きにわたる争いの末、ついに聡さんと加奈子さんの離婚が成立した。
しかし、加奈子さんはなかなか聡さんの自宅から出て行こうとせず、居座り続けた。
かつては「私が選ばれた女」だと豪語していた彼女だったが、最後には誰からも選ばれず、見放される結果となった。
そして今、彼女はパートをしながら、狭いアパートでひっそりと暮らしている。
皮肉にも、かつて嘲笑っていた聡さんの前妻と同じ境遇になってしまったのだ。
かつては夫の財産を自由に使い、自分こそが勝ち組だと信じていた加奈子さん。しかし、その強欲さと身勝手な振る舞いが、最終的には自らの人生を破滅へと導いた。
自分自身を優位に捉えるため他者を見下そうとする生き方は、自分の人生と周囲の人生を犠牲にし幸福を遠ざけているのだった。
※登場人物はすべて仮名です。実在の人物や団体などとは関係ありません。