堂々と浮気する旦那のトラウマに悩んだ日々…後編
再びの裏切りと冷めきった心…困惑する夫

ある日、また久さんが帰ってこなくなりました。 信じたい気持ちを無理やり支えていた恵さんでしたが、ふと昔の記憶がよみがえります。 まさか、また…
案の定、久さんは別の女性の家に入り浸っていました。
その時期、ちょうど子どもたちの行事で忙しく、気持ちを切り替える余裕もありませんでした。
久しぶりに顔を見せた久さんは、どこか上から目線のような調子で切り出してきました。
「……離婚してほしいんだ」
一瞬の沈黙。
恵さんはその言葉を静かに聞いた。
心が揺れることはなかった。怒りも、悲しみも、もう感じなかった。ただ、すべてが終わったと、どこかでずっと前からわかっていました。
「いいよ」
それだけを口にして、恵さんは久さんを部屋に残したまま、すっと立ち上がり、黙って買い物へと出かけていった。
玄関のドアが静かに閉まった後、久さんは一人その場に取り残された。
「………え?」
まさか、こんなにあっさりと受け入れられるとは思っていなかった。
彼の表情には、困惑と混乱、そしてほんの少しの焦りの色が浮かんでいた。
だがもう、恵さんの心には、久さんの存在は何の影響も及ぼさなかった。
慰謝料も養育費も求めずただ離婚を望む
ところが
久さんはその後、離婚の話し合いに応じることを拒否してきました。
恵さんは、慰謝料も養育費も一切求めていません。ただ、離婚届を提出してくれさえすれば、それでよかったのです。
もう愛情も期待もなかった。ただ“終わらせたい”、それだけでした。
必要事項を記入した離婚届は、すでに久さんに渡してありました。出すだけです。
けれど、いつまで経っても音沙汰はありませんでした。
何度か「提出してください」とメールを送っても、返事はなく、届けが出された形跡もありません。
それでも久さんは、女と一緒に暮らしながら、離婚もしてくれず、恵さんには一円も渡さないのでした。
一方、恵さんは
子どもたちの成長、日々の暮らし、仕事、そして自分の心を保つことで精一杯でした。
もう久さんに期待することも、すがることも、怒ることさえありません。
ただ静かに、自分の人生の「次のページ」を歩みたかったのです。
新生活
恵さんは、三人の男の子を抱えていました。
そして、重くのしかかる家のローン。
すべて一人で背負うしかありませんでした。
収入は限られ、節約しても足りません。
子どもたちに栄養のあるものを食べさせたい、と思いながら、自分は白ごはんだけで済ませる日も多くありました。
「頑張らなきゃ」
その思いだけで、なんとか立ち上がっていました。
何個も仕事を掛け持ちしました。休みも寝る時間もありません。
体は悲鳴をあげていたが、倒れるわけにはいかない。倒れたら、家族が崩れてしまう。
心も体も限界だったけれど、「子どもたちを守る」その想いだけが、恵さんを支えていました。
いつのまにか、季節がひとめぐりしていました。
ふと気づけば、少しずつ生活が形を成し始めていました。
光熱費を滞納することもなくなり、食卓に一品多く並ぶ日も増えていました。
「...ようやく、ほんの少しだけ、呼吸ができるようになった。」
けれど、その1年は、恵さんにとってあまりに長く、苦しく、過酷でした。
でも、それでも、子どもたちの顔を見ては、毎日、また明日を迎える覚悟を決めていました。
久さんに離婚届を出してもらうよう連絡する余裕すらないまま、時間は過ぎていきました。
家の鍵はすべて交換しました。 もう、久さんには戻ってきてほしくなかったからです。
帰ってきた夫
ある日、久さんが突然、家に現れました。
家の鍵が変えられていたことに気づくと、信じられないといった顔をしてしばらく立ち尽くし、次第に苛立ちをあらわにし、勝手口のガラスを叩き割って怒鳴り散らしたのです。
「なんで鍵なんか変えてんだ!」
まるで、自分が帰ってきたら恵さんも子どもたちも喜ぶものと信じて疑っていなかったようでした。
家の前に立つ彼の表情には、「俺が戻れば元通りになる」「家族はいつでも自分を受け入れるはずだ」といった傲慢な思い込みが滲んでいました。
けれど、玄関が開くことはありませんでした。
中から出てきたのは、もう大きくなった息子たちでした。
彼らは、物怖じすることなく久さんの前に立ち、毅然とした声で言った。
「もう帰ってこなくていい。母さんを困らせるな」
その一言に、久さんは目を見開いていた。
まさか、自分が子どもたちに拒絶されるなんて...
そんな現実をまるで想定していなかったかのように。
「お前たち、父親に向かって何を──」と言いかけた久さんの言葉を遮るように、息子たちは静かに、だがはっきりとドアを閉めました。
その光景を、恵さんは室内から震えながら見ていました。
けれど、子どもたちの強さと決断に、ほんの少しだけ、胸の奥に温かいものが灯りました。
久さんは、ただ呆然と立ち尽くし、しばらくしてゆっくりと背を向けて帰っていきました。
その姿には、そして自分勝手な幻想を打ち砕かれた者の、困惑が漂っていた。
それが、久さんが家に現れた最後でした。
そのまま5年という月日が過ぎました。
恵さんは変わらず懸命に働き、家のローンを返済し、子どもたちを育て上げました。
体は限界に近く、ボロボロでしたが、気力だけで前に進んでいました。
子どもたちは結婚や就職で自立していきました。
久さんは、今も別の女性と暮らしているようでした。
それでも恵さんは、年に一度ほど「離婚届を出してください」とメールを送り続けました。
返事は一切なく、離婚も成立しないまま、ただ時間だけが流れていきました。
夫からのメール
そしてある日、久さんから突然のメールが届きます。
「帰りたい」
その瞬間、恵さんの中で何かがぷつんと切れました。
彼の身勝手な言葉に、もうこれ以上、心を振り回されたくなかった。
恵さんは専門機関に相談し、法的に離婚の手続きを進める決意をしました。
専門機関から久さんに連絡がいくと、久さんはまさかの対応を見せました。
「離婚はしたくない」と、断固として拒否してきたのです。
離婚調停が始まりました。 しかし久さんは頑なに離婚を拒否。 その理由は「子どもが大事だから」というものでした。
この話を、何気なく息子に話した恵さん。 世間話のつもりでした。
けれど、普段は温厚な息子が、これに激怒しました。 感情を抑えきれず、久さんに連絡をしてしまったのです。
息子の怒鳴り声。 「金を払え!」と。
次の調停で、久さんは「子どもを使うなんて最低だ」と恵さんを非難しました。
調停は平行線のまま、不成立に終わりました。
それでも恵さんの決意は揺るぎませんでした。
彼女は弁護士に依頼し、正式に離婚訴訟を起こしました。
するとついに、久さんは諦め、離婚に応じました。
今も久さんは、あの時の女性と暮らしているようです。
※この物語に実際の人物・団体は関係ありません。